1994 個展について

いつもヴィトリーヌで個展を開いていますが、今度はそれ以外の材料のもので発表するつもりです。ヴィトリーヌというのは、それなりの構造として、また私にとつてある形式の中で可能なかぎりの発現を試みることは非常に、興味のあることです。ある形式をつづけていつても、ある構造に縛られても、その中でできるだけ長く息をつづけていくというのは大切なことだと思います。だから自分の気ままな気分を大切にするためにも、またそういう形式や構造にあきあきしてしまうまで自分を縛っておくのです。それなのに、何故ほかの形式の作品を作るのかというと、やはり生まれつきの好奇心というものがまだなくなつていないで、違つたことを始めるのです。たとえば、ヴィトリーヌというのは表面のガラスの屈折作用によって描くという痕跡を消してしまうのですが、描くということは一体どういうことなのか、人間の手のくせとか動き方の限度とはどういうものなのか、そういうこととわれわれのもっている影像の表現とはどういう風につながるのが、と考えてくると形式とか技法をこえた問題にぶつかってきます。そうなってくると、やはり自分でやつてみて確かめてみたくなり、それはいつのまにか自分の好奇心を満足させてしまい、またその方法に自分を縛つて郁子とになつているのです。今度の作品について自分でそういう理由をつけています。

(「データベース・リフレクション展 自筆原稿 MAC用 1995.4」というフォルダ内の「自筆原稿19940111」フォルダーより)