1994 公衆電話

大分前のことだが、一時日本の作家の書簡集を読み漁ったことがあった。明治時代から大正時代まで活躍していた作家は、量も多く質も優れた、興味のある書簡集を遺している。中には、電話一つで簡単に片付いてしまうような事柄まで、筆を選んだり、片隅に俳句を考えたりしながら書いた手紙もあった。しかし現代の作家は、電話を使っているから、もし書簡集を作っても、果して先輩作家の量と質に匹敵するだけのものになるかどうか疑問である。むしろ、電話器にテープ・レコーダーを取付けて置いて作家の声を録音してレコードにすると良いかもしれない。電話は現代のわれわれの生活にとって不可決のものとなってしまった。

アメリカの抽象作家の、リチャード・リッポルドは、人間の発明した最も優美な発明物の一つとして電話を挙げている。人間が、自分の思想とか感情の伝達手段として文字という記号を用いていたことは古いが、音声そのものを使って会話を伝達するようになったのは、やはり電話器の発明以来のことだろう。僕は、人間がお互いに思想とか感情を伝達しあう方法の中で、電話というのは、抽象的でありながら、かなり微妙なニュアンスをもったものだと思う。手紙ならゆっくりと考えることもできるし、書いたことを全部破り捨てて新しく書き直すこともできるが、電話で一度しゃべったことは、取り消すことはできても相手が聞いたことまで取消しはできない。しかも、街の中でわれわれが利用する公衆電話は、必要な事柄だけしゃべって無駄な長話はエチケットに反する。だから、最小限度の時間と言葉とによってただ思想を伝えるだけでなく、感情の動きまで伝えなければならないのがのだ。取消とか、考慮の暇すら、一つの思想とか感情の動きとして相手に伝わってしまう。そういう意味で、僕は微妙な空中の架設物であるリッボルドの彫刻と、電話とを結びつけるのはひどくかけ離れたことではないと思う。

われわれが街で見つけて利用する公衆電話には、いろいろな種類がある。

大きく分けて、ボックスのものと、店先などに置いてあるものの二種類であるが、ボックスのものも、木製のものからスチール製のものまでいろいろある。しかし、電話の用事というのは急用が多いから、どこに電話が設置されているかよく目立つ色彩でなければならない。木製のボックスは黄色の塗装であるが、鮮明度を欠いていて街全体に沈みがちである。これに較べて、丹頂鶴というニック・ネームをもっている金属製のボックスは、形態も色彩も木製のものよりずっと秀れている。ボックスの外面の色彩も明るく、しかも街の中にとけ込み、屋根の赤が、全体のデザインのポイントであると同時に、電話の所在を発見するためのポイントともなっている。

しかし、機能的にいって、電話ボックスというのは、外部の街の騒音から抽象的な伝達手段を守るために、防音装置を考慮されていなければならないだろう。店先などに電話器だけおいてある場合などつくづく街の騒音の激しさを感じる。ボックスの中でさえも、近くを電車とか自動車が通っている所では、伝達がむつかしい。

それで思い出すのは、あの金属製のボックスのドアーのことだ。あのドアーは、完全に閉まるはずなのだが、半開きのまま閉まらないのが随分ある。僕は、この金属製のボックスの欠点は、このドアーの装置にあると思う。

こういうことは、われわれの日常生活で、よくぶつかることだ。電車が遅れたり、バスが故障したり、水道が出なかったり、停電したり、とにかくわれわれの日常生活に不可欠な設備が増えてくると同時に、その設備を、生活全体の中で統一的にもたなければならなくなる。同じ十円玉を支払っても、ドアーの完全に閉まらない公衆電話のボックスで話している時には、われわれの思想や感情の伝達は不完全であり、その人間の生活も統一されたものとなっていない。

毎日、街の中の小さな箱の中で、われわれは相手に分らない色々なパントマイムを演じている。瞬間瞬間の声の分からない表情や動作は、誰にも知られないでそのまま消えてゆく。

しかも、そういう間にも、巨大な規模と、複雑な空間時間の構成によって持続してゆく街の生活の中で、われわれの生活の統一を求めて微妙なパントマイムを演じているのである。

(「データベース・リフレクション展 自筆原稿 MAC用 1995.4」というフォルダ内の「自筆原稿19940111」フォルダーより)