2000 「引出しの音」

「引出しの音」

私の事務所のある八丁堀のビルから東京駅の方を眺めると眼の前に「味の素」や「清水」のビルがある。これらの建物はまるで大きな箪笥のようにみえて、それぞれのフロアが引出しのように思える。オフィスのフロアをぐいっと引出してみると、何が入っているのだろうか。人間とコンピュータしか入っていないのではないだろうか。その連想からふとフランク・ロイド・ライトの落水荘が浮んできた。あの建物も見方によっては岩の上に引出しがのつかっているように見えて、その下から水が流れ落ちている仕掛けだ。
ところで、いまこの原稿を書いている机は、裁判官の父親が昔この上で判決を書いていたものである。やがて戦後新しい机を入れて私はそのお古を譲り受けて、この上で絵を書いたりしていた時期がある。最近この古い机を八丁堀のお店の方に置こうと思って運んできた。そのときこの机の引出しから父親と私の半世紀以上のがらくたが出てきた。しかし私が最近気に入っているのはこの引出しを開ける時の音である。がらくたよりもこの音の方が懐かしくもあり潜在的な記憶を呼び覚ましてくれる。昔の引出しにはこうした音の気配が残っている。最近のオフィスビルの机にはもう木造りの気配が失われている。何かとさわがしいデジタル時代の都会からはこういう気配が消えてしまってもの足りないことばかりである。

山口勝弘

2000「引出しの音」