1989 ARTEC

「アーテック・夢と感動の世界」

メイテックスペシャル CBC報道局による、ARTEC ’89のドキュメンタリー、山口勝弘インタビュー、1989年7月9日。
“ARTEC : a World of Dream and Emotion”, TV Documentary by CBC about ARTEC ’89 (Nagoya), with interviews of Yamaguchi Katsuhiro, July 9, 1989.

 

1982 Roma

これは千手観音像をヒントにしたビデオインスタレーションである。私の友人で舞踊家である花柳寿々紫と協力したビデオダンス「Hands and Feet」から手と指のダンスのイメージを6台のモニタテレビに再生し、中央のモニタテレビにはヒデオカメラが援しとっている観客の顔が再生される占つまり観客は千手観音になる。

This video installation takes its hint from Senjukannon [the thousand-armed goddess, Kannon]. Images of hands and fingers from HANDS & FEET (the video dance project I created with my friend, butoh dancer Hanayagi Suzushi) are shown on six TV monitors. Images of the visitors are captured via camera and shown on an additional TV monitor in the center of the display. In this way, the visitors themselves are transformed into Senjukannon.

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モニターTV 10台、
ビデオレコーダー 2台、
ビデオカメラ 1台。

10 Monitor Televisions,
3 Video Tape Recorder,
1 Videocamera.

1991 La Invención de Morel

モレルの発明

「ハイテクアート 1991」展
1991年8月1日(木)より8月12日(月)まで
松屋銀座8階大催物場

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この作品の発想は、アルゼンチンの小説家で、ボルへスの親友そして共同執筆者でもあったアドルフォ・ビォイ・カサーレスの小説「モレルの発明」から得ている。カサーレスはその本の中で、不思議な映像記録装置を登場させている。知らぬ間に記録された現実が、いまの現実を先取りしているかのように、人間の意識を変えてゆく。最近話題の「反想現実」にも係わるようなテーマである。このカサーレスの世界と、数年来制作のコンセプトにしている建築とビデオイメージの関係を結びつけたのが、この作品である。使用される映像は匿名の兵士たちや民衆の姿であり、用意されたビデオカメラが観客の姿をそれらに重ね合わせてゆく。

La Invención de Morel – I got the idea for this piece from a novel by Adolfo Bioy Casares, an Argentine novelist who was a friend and collaborator of Borges’. The book is about a mysterious visual recording device whose images strangely anticipate reality and alter the consciousness of the characters. It is a theme that touches on the current concept of “virtual reality.” This work connects the world of Casares with the architectural and video images that I’ve been working on for the past few years.
A camera films visitors to the exhibition and then superimposes their features on images of anonymous soldiers and civilians.

(from “The Document Video of Video Installation and Video Sculpture by Katsuhiro Yamaguchi”)

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28インチ モニターTM-28 12台
S-VHS ビデオテープレコーダー 6台
小型モノクロカメラ(ズーム付)1台
スイッチャー(カメラの映像とVTR映像を重ねる)1台
オーディオアンプ 1台
スピーカー 2台

アクリルパイプ

12 Monitor Televisions (TM-28, 28inches)
1 Video Camera (B&W with zoom)
6 Video Tape Recorders
1 Video Switcher (camera images + video tapes images)
1 Audio Amp
2 Audio Speakers
Mirrors
Acrylic Pipes
Water
Wood

3180 × 4000 × 2270 mm

1991-ビデオ彫刻「モレルの発明」の解剖学資料

1991-Invencion_de_Morel-松屋ハイテクアート図面等書類

1991-Invencion_de_Morel-松屋ハイテクアート展フライヤー

1991-Invencion_de_Morel-松屋ハイテクアート展チケット

 

1999 Togen Topia

電脳影絵遊戯一夢遊桃源図一
山口勝弘
1999年9 月17 日[金] -10月16 日[土]

Computerized Shadow Play [Togen Topia]
KATSUHIRO YAMAGUCHI
September 17(Fri.) – October 16 (Sat.), 1999

夢遊桃源図

「夢遊する宇宙風景」

昨年12 月、韓国を訪れた折、友人の李元坤氏が所持していた「安堅夢遊桃源図」の本を手にとった私は、数瞬のうちにこの絵の只ならぬ逸気と緩急のリズムに捕われてしまった。その絵を描いた安堅が、15世紀韓国の有名な画家であること。またこの絵は日本の天理図書館の所蔵であることが分かった。
とにかく私を強くひきつけた理由は、桃源郷というこの絵のテーマよりも、人気なき遠近も定かならぬトポスの雰囲気と、生動する岩山たちの展開する宇宙感であった。
この画家の眼が見た光景は、瞬間に網膜の奥底に焼きっき、2度と開かずそのまま閉じられてしまった。そのイメージがここにある。
やがて私は、なんとかしてこの光景の中に侵入してみたいと思った。コンピュータによる解析を行なうと同時に、2次元上の画面に割り込んで2次元半ぐらいの空間の瞭聞から、この世界の内部を経験してみたいと思った。もちろん空間を経験するということは、時間を伴う。
私はこの絵画から得た天来の着想を、もう一度遠慮がちにメタモルフォーズさせて経験したかったのである。と同時に、この宇宙風景を別の視覚的ヴェクトルにより再構成したいという欲望にかられた。こうして幾つかのイメージが、現実世界に現われたのが今回の個展である。
この桃源図に附せられた夢遊という言葉は、この絵の前で漂うわれわれの心にこそふさわしい。コンピュータの中には魔が巣くっていると言う。私はその魔を仲間にして戯れてみたのである。

山口勝弘、1999年9月

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“The universal image in dreaming Journey”

In December last year I visited my friend Won-Kon Yi, in South Korea. He showed me a drawing in the book by Ankyon called “Dreaming Journey of Togen Topia”. I immediately felt overwhelmed by the exalted power of the drawing, and by its simple rhythm, which was both technically assured and at ease. I only learned later that Ankyon is a celebrated Korean painter of the 15th century, and that the drawing is from the collection of the Tenri Library in Japan.
The reason I felt so inspired by the drawing was not simply to do with the subject, Togen Topia. The atmosphere related to Topos. It was less a matter of space and distances, than of a universe that was brought to life by the powerful, rocky mountains.
When the artist saw the scene, an image was immediately burned upon his retina, which never faded. The drawing is a picture of this image.
Sometime later, I began to feel a desire to be inside the scene. I analyzed the drawing on my computer as a way of entering the two-dimensional picture, so that I might experience its internal world in 2 1/2 dimensions – in that extra space between 2- and 3- dimensions. Of course it takes time to fully experience so alien a space.
I wanted to recreate that first inspired experience I had felt in front of the drawing, by a process of subtle metamorphosis. Also, I wanted to reconstitute its image of a universe from a different perspective vector. These are a few of the ideas and images behind my work in the exhibition.
The words “Dreaming Journey” and “Togen Topia” are a suitable expression of the feelings that the drawing evokes in us. They say that there is a devil in the computer. I enjoyed playing the devil’s accomplice.

Katsuhiro Yamaguchi, September 1999

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デジタル技術で見直すアナログクラシック「夢遊桃源図」
山口勝弘

李朝初期を代表する山水画の1つとして画家安堅によって描かれた「夢遊桃源図」は、李王朝四代の世宗大王の第3王子安平大君の夢遊の話を聴いた画家が僅か3日間で描いたといわれている。当時すでに宮廷画家として広く名を知られていた安堅は、数多くの画を描いたが、現在間違いなく安堅作を証明できるのはこの「夢遊桃源図」だけである,何故ならこの作品と共に安平大君の夢遊の話の筋書きが長文の自践となって遺っているからである。また当時文化人としてパトロン的存在だった。
安平大君の書画コレクションのリストを見ても分る通り、唐の王維、宋の郭照、蘇東坡などが含まれているが、李朝の中では安堅の28点のみである。

私がこの作品をコンピュータによって解析すると共に、ここに描かれた桃源郷への道程と岩山の群がりを見て興味をもったのは、第1の点として様々な距障をもって配置された風景からくる遠近感の重なりであった。それはルネッサンス以来の遠近法でもなく、東洋的な遠近画法の重層が自由自在に用いられている点であった。

第2の点は、この画面全体から受ける複雑系への指向、つまり混沌とした宇宙とその中に点在する対象物の構造性に関心を持った。したがって桃源郷そのものの描写よりも、ゆらぎをもった宇宙感に興味をもったのである。

この2つの特徴が示している独自の空間的イメージへ、コンピュータによる動きの時間的イメージを加えることにした。つまり絵画として2次元上に表現されているイメージの各要素が分解され、コンピュータ内にデータ化されたそれらを空間/時間系に再構成しようとしたのである。また、電脳遊戯彫刻と命名したのは、これらの映像化されたスクリーンの前に一部分サンドプラス卜されたガラス板を置いて、複合した実体/非実体のイメージを提示している.つまり映像と実像の両棲類とでも言うべき作品となっている。

この両棲類的性質については50年前に作られていた私の作品ヴィトリーヌについて瀧口修造が鋭く指摘していたものである。

この作品をイメージ化するために天理大学附属図書館にて
「夢遊銚源図」 のレプリカ(京都便利堂製)を閲覧させていただいたことに感謝する。

Special thanks to Hazuki Shibato and Nicholas Wadley for the English translation of the text

主な参考図書
(1) 『安堅・夢遊桃源図』、安輝・李炳漠 著、藝耕産業社
(2) 『韓国絵画史』、安輝 著、藤本幸夫・吉田宏志 訳、吉川弘文館
(3) 『安堅「夢遊桃源図」 について(ー)』「ビブリア」65号、鈴木治、天理大学
(4) 『安堅「夢遊桃源図」 について(二)』「ビブリア」67号、鈴木治、天理大学
(5) 『奇景の図像学』、中野美代子 著、角川春樹事務所

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1-「電脳影絵彫刻 I」
ビデオプロジェクター1台、ピデオテープレコーダー1台、ガラス、木
“Computerized Shadow Sculpture I”
One video projector, one video tape recorder, glass, wood,
2500 (h) x 2620 (w) x 900 (d) mm

2-「電脳影絵彫刻 II」
ビデオプロジェクター1台、ビデオテープレコーダー1台
“Computerized Shadow Sculpture II”
One video projector, one video tape recorder
3000 (h) x 2250 (w) mm

3-「影絵遊戯箱 I, II, III, IV, V」
ガラス、合成樹脂、紙、木、蛍光灯

“Shadow Play Box I, II, III, IV, V”
Glass, acrylic plastic, paper, wood, fluorescent light
490 (h) x 524 (w) x 95 (d) mm

製作 :
山口勝弘、CEAM:笠置勇星、岡本知久、櫻井宏哉、大塚馨

Production:
Katsuhiro Yamaguchi, CEAM: Yusei Kasagi, Tomohisa Okamoto, Hiroya Sakurai, Kaoru Otsuka

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ASAHI EVENING NEWS WEEKEND, Sept.30, 1999: “Visions of ‘new values’”

1984 Future Garden

瀧口修造 オマージュ展 – ビデオスペクタクル 未来庭園(佐谷画廊、東京)

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「Over the garden」、「Stream」、「Hello Old Pond」、「Laser Tree」、「Responsive Window」などから成るビデオによる庭園のインスタレーションである。この「Future Garden」ではビデオとレーザーを組合せた初めてのビデオスカルプチャー、画廊中央の回転筒のビデオカメラが把えた画廊のイベントは Closed Circuit Televisionによって6台の画廊内のMonitor Televisionに映しだされる。また「Hello Old Pond」は俳人芭蕉の有名な句『古池や蛙飛び込む水の音』のイメージから映像の鯉と池の上で振られる観客の手が重なる。

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A video installation in a garden consisting of OVER THE GARDEN, STREAM, HELLO OLD POND, LASER TREE, RESPONSIVE WINDOW and other works. This was the first of my video sculptures to combine video and laser. A camera mounted on a revolving cylinder in the middle of the gallery captures surrounding events and shows them on six closed-circuit TV monitors throughout the gallery.

HELLO OLD POND combines the hands of visitors by the pond with images of carp from Basho’s famous haiku, which can be translated as:
Old pond
Frog jumps in
The sound of water.

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Video Samples:

1984 – Future Garden – Hello Old Pond – Video soft

1984 – Future Garden-Laser Tree

1984 – Future Garden – Over the Garden – Birds

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1984 – Future Garden – Responsive window-2

1984 – Future Garden – Stream – video soft

2002 Imaginarium

2002年4月6日(土)~6月23日(日)
「美術館の夢」展、兵庫県立美術館
“The Dream of a Museum”, Hyogo Prefectural Museum of Art, Kobe.

Hyogo Prefectural Museum of Art Website

山口勝弘《イマジナリウム》

“(2)…〈イマジナリウム〉は、わが国に伝わる連句、連歌のような集団的な芸術形式を、その先駆的な例としてあげることができる。”

“(3)〈イマジナリウム〉のもう一つ大きな展開は、人工衛星によるコミュニケーション・システムを利用する点にある。この計画は、一つは地方にある〈イマジナリウム〉の間を、衛星による通信システムにより結びつけることである。これは、中央集中的な芸術や文化活動によって生まれる文化的な階層性を排除し、ローカルな芸術や文化の特質を大切にするためにも必要な手段である。
また、都市計画や建築物などを対象とした情報交換や、大きな彫刻や造形物の展示にともなう莫大な輸送経費を考えた場合、サテライトによる芸術情報のネットワークは、将来ますます重要な役割を果たすことになるだろう。こういう時代的な要請に答えるため、現在地球上の軌道を廻っている通信衛星を利用するには、いろいろな制約が多すぎる。そこで、すでに気象衛星や、軍事衛星のように単一の目的に利用される衛星があるのだから、芸術の目的に利用される「芸術衛星」を打ち上げる必要があるというのが私の考えである。「芸術衛星」を打ち上げる費用は、世界中の美術館や、美術関係者が賛同すれば調達可能な金額ではないか。”

“〈イマジナリウム〉のネットワークが機能的に活動すると、こうした遺跡のなかで、ビデオ・プロジェクションや、レーザー・ショーや、大ホログラフィーなどを利用し、さらに音楽や舞踏を含めた、大イヴェントを開くことができる。”

(『作品集 山口勝弘360°』 六耀社 1981年より:本展図録p.198に再録)

1981 Future Garden

「山口勝弘展 一 未来庭園による 一 」
場所:東京画廊, 東京銀座
日時:1981年3月13日- 3月24日

EXHIBITION〈KATSUHIRO YAMAGUCHI, Info-Environmental Sculpture: Future Garden〉
place: Tokyo Gallery, Ginza, Tokyo
date: 14th- 24th March, 1981

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情報 一 環境彫刻 一 未来庭園のために 一

この作品は、東京画廊の展覧会のために構想されたもので、3つの要素から成り立っている。その1つは、ホログラフィーによるモニュメント、2番目は、ホログラフィーに撮影した内臓的イメージをテーマとしたビデオ作品、3番目は、神奈川県民ホールに展示した「情報 一 環境彫刻」と同系列の鯨的イメージの彫刻である。「サテライト・アーチ・マスク」の場合は、ステンレスの細棒によるオープンな構造をもっていたのに対し、こちらの方は、閉回路テレビ・システムが、彫刻的な形態の中に閉じこめられている。つまり胎内的なメディアが、この彫刻の内部空間の存在を示している。こうして、ホログラフィー上の内臓的形態は。ビデオ作品の解縛を通して、さらに、この情報一環境彫刻によって内宇宙的イメージに結びつくのである。
なお、この東京画廊の展示は、いわば庭園的な構成になっていて、日本庭園のなかにちりばめられる石や、砂や、樹木や、池などによって、庭園を訪ずれる人たちが、さまざまなイメージを受けとるのと同じく、ホログラフィー上のイメージや、アルミニュームの構成物や、テレビや、白い彫刻や、黒いコークスの塊りによって、未来的風景のイメージをっくりあげることができる。

山口勝弘「山口勝弘展 一 未来庭園による 一」、ジャパン・インテリア no.266、1981年5月号、29頁)

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1981年 – 情報環境彫刻 未来庭園 (東京画廊、東京)

“Arch-Satellite-Mask” が地球外の宇宙空間を利用した.テレコミュニケーションの提案だとすれば、これは”Inner Cosmos” にお付る相互コミュニケーションの提案だった。鯨のような生物の体内空間を通して視覚的イメージが伝達されるととの実験である。

鯨の眼(ビデオカメラ)が見た人聞の顔の映像は鯨の体内のモニターに再生されそのモニターをもう一つのヒデオカメラが撮影しそのイメージを胎外ヘ排出し人聞が眺めるというシステムのサンプルである。またこのビデオスカルプチャーを中心にホログラム化された胎内生命がビデオ化されて全体かインスタレーションとして構成されている。

If ARCH-SATELLITE-MASK was concerned with outer space telecommunications, then this was an attempt to achieve mutual communication within an “inner cosmos.” It involves the transmission of visual images through the body of a whale-like creature.

The faces of people are captured via a video camera in the whale’s “eye” and shown on a TV monitor inside the creature’s body. That monitor, in turn, is captured by another video camera whose images can be seen by people leaving the whale’s body. The final element of this video sculpture is a videotaped hologram of life in the womb.

(from “The Document Video of Video Installation and Video Sculpture by Katsuhiro Yamaguchi”)

1981 From Vitrine to Video – Kanagawa Prefectural Hall / Future Garden – Tokyo Gallery

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1987 Trio

Trio | 三重奏 | 1987

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都心型の都市再開発地区として、1987年に完成した大崎ニューシティーの中に、本格的なビデオ彫刻として制作したものである。

私の場合、ビデオ・インスタレーションという名称、と。ビデオ彫刻という名称を、それぞれ使い分けている。

ビデオ彫刻という場合は、ひとつの独立した造形的作品であり、その形態に映像力〈組みこまれているものである。今回の「三重奏」は、ビデオ彫刻「バロック」とほとんど同じ時期に構想されたので、形態的にも兄弟のような関係にある。

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とくに「三重奏」の場合は。半介野外の環境に設置されるということもあり、またモニターテレビ以外の本体は、半永久性ということも考え、アルミニュームの鋳造で作ってある。ピラミッド状の基礎の上に、円筒型の本体が立っている。

3つの形は、それぞれ大小があり、その円筒型の中に四角い窓が開いている。この窓の高さもそれぞれ高低があって、この彫刻を見る人びとの背の高さを考えている。

この「三重奏」の設置されている場所は、新しく開館した品川 O(オー)美制強の入口で、ビデオの上映装置と電源のスイッチは、美術館のオフィスの中に設けられている。なお、このフロアはパブリック・スペースとして夜遅くまで人びとが利用するため、ビデオの電源は自動的にオン・オフされるようになっている。

上映される映像は。抽象的図形をもったもので、テンポの早い編集のテープと、品川の海にちなんで、水面のゆらめきを抽象的映像としてとらえ、色彩処理をしたものとが用意されている。

なお。モニターテレビのメンテナンスのため、円筒型の上部が蓑になっていて、装置を取り出すことができるようになっている。また、それに関連してモニターテレビの寿命にブラウン管の交換などの諸問題は、照明器具のランプの交換と同じように考えておくべきだろう。

(山口勝弘「映像空間創造」、美術出版社、1987年、44-45頁、写真:斎藤さだむ)

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2000 From Darkness 2000 to Light

「闇 2000 光」展

2001 「第42回毎日芸術賞」

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制作:環境芸術メディアセンター
協賛:下山芸術の森・発電所美術館
協力:NEC ビューテクノロジー株式会社、
横田茂ギャラリー、東京パブリッシングハウス

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「闇2000光」ーバロック偏愛からー
山口勝弘

1- はじまりの夢のデッサン

いま深夜2時を廻ったばかりの都会の部屋の窓から、外のビルの窓が見えるこの部屋。さっき目覚める前の夢。福岡道雄のデッサンの入った大きな木枠の箱をいくつも貰ったので、それをどこかへ運び、出さなければならない。木枠の聞からデッサンの一部が見える。墨で描かれた白い紙、そして赤い木の一部。デッサンといっても、これは立体的なものらしい。とにかく、この荷物は貰ったものだから、ど、こかへ運ばなければならない。一つの夢は覚めてゆく。

そういえば、彼の昔の作品が一点、まだ私の大井の家にある。あの木の枝から垂れ下がった紐の作品は、海の中にゆらめいているようだ。海のパノラマを、私は子供の頃、小さなお菓子箱の中に作っていた。海草と魚がゆらゆらしている。青いセロハン紙を前面に張って、海中の感じを出した。その中に、海底旅行船を仕込んだこともある。

この小さなパノラマ箱は、やがて、20歳過ぎから作り始めた「ヴィトリーヌ」という作品の原型なのか。そうだろうと思いながら富山の展覧会の構成を考えている。富山の撮影に出かける前夜に、都会の窓から外のパノラマを見ている。明日魚津の埋没林博物館へゆくのは、海底の森の残像=遺物を見るためで、その映像を展示したいからだ。そのうす暗いパノラマを懐中電灯で照らしてみたい。その様子は昔のお菓子箱のパノラマを懐中電灯で照らした時のイメージに近い。会場に箱の中のイメージの、実験的な試みを並べる。観客はいくつかの過去の箱の観察から展覧会へ入ってゆく。

「ヴィトリーヌ」の古い写真を箱の中に入れて並べる。ビデオパサージュの模型を並べる。ロンドンのヤシャ・ライハートの家にあった小さな立体ヴィトリーヌを思い出した。すっかり忘れていた3 x 3 x 7cmくらいのサイズの大きさだった。入善の美術館も大きく見えて、これも一つの箱だ。その箱の中にイメージや光や音を詰め込んでおくと、人々はここでもパノラマ体験をする。

ファラドファソドファソラ
夢の中の夢の中の夢が、もし実在とすればの話。
箱の中の箱の中の箱、箱が入れ子の中の入れ子に組み込まれてゆくものだとすれば。
それは、無限に大きく続く、無限に小さく続く。
もし人聞が実在とすればの話。
その中のパノラマを懐中電灯で照らしてみたい。
一束の間の幻影だとしても一

2-  この美術館の宿命を考えて

この美術館の宿命は、美術館という名称で呼ばれる前にある目的のために建てられた建物という原点にある。つまり最初から美術作品を展示する目的で建てられたものではないという点に注目しなければならない。鉄道の駅が美術館に転用された「オルセ一美術館」の例もあるし、最近では火力発電所が美術館になった「テイトモダーン」の例もある。しかしそれら2つの例では内部の設計において殆んど以前の使用目的の残存物は排除されている。美術館と呼称される以上また美術館としての機能を果たすためにはこれは当然のことである。

しかし下山芸術の森・発電所美術館の場合、改修設計の時点でこれらとは異なった選択が行なわれた。建築的には大空間がそのまま生かされているが、水力発電所時代に用いられていた2つの導水管が大きな口を開けているし、タービンやメーター類をはじめとする設備が一部保存されている。その結果、これら機能を果していたものが美術館展示の一部を占めている。したがってここは、水力発電所博物館としての機能を併せもっているから、いわゆる美術館だけに使われているのではないということである。

つまり最初に私が述べたように、この美術館は美術館として生まれ変わってからも、かつての水力発電所時代の歴史的宿命を引き継いでいたのである。

私がこの発電所美術館から個展を依頼されてから現在まで、考え続けていたことはこうした事柄をどのように扱うかということであった。

最初に決めたことは、この美術館の内部空間を闇の中に封じこめることだった。すなわちこの美術館の歴史的宿命を視覚的な世界から排除して、ブラックボックスの中に消し去ってしまおうと考えた。そして、音と光と映像を使うことにより、物質的な存在を視覚的に見えないものにしてしまおうと考えた。これだけを決めてからある日美術館を訪れた。目的は建築的な条件としての音響特性を調べることにあったが、この時小型のビデオカメラでこの建物の細部を記録しようと思っていた。ところがその日私はカメラを手にしながらメーター類やタービンなどを怒意的なカメラの動きによって撮影すると同時にスパナやハンマーを持って建物内部の各所を叩きはじめていた。私はいつの間にかこの建物のパーカッションに夢中になり数時間が経過していた。この時の私の姿の一部は学芸員の手によって記録されていたが、後にこの映像も作品の中に組みこまれることになった。

次の段階に入って入善町周辺の「水」を中心とした映像を撮影することに決めた。豊富な水脈は黒部の山々から発し、海に注ぎこまれる。海岸近くに保存されている沢杉の森、海底に遺されていた埋没林の展示、大量の水の落下などを撮影した。

こうした撮影を通して次第にテーマはしぼられていった。「水」の変容と「歴史」の変容である。もちろん水も歴史も何らかの人間のかかわりによって変容し自然と人工の巧みによって美術館が生み出されてきたのである。「闇2000光」はこの美術館そのものを大テーマとしながら、美術館の成り立ち、入善町周辺の環境、水力発電所時代の遺物などをイメージ素材としながら、映像と音響と照明を総合的な演出空間に織り込むことになった。

最後は天井の大トラス構造の中にヴ、ヴァーチャルでパノラミックイメージ、それは18世紀の壮大なバロック宮殿を想像させるようなイメージを爆発させながら美術館の未来が見えてくるというのが演出の目標となっていったのである。

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(Photos by Saito Sadamu)

production:     Center for Environmental  Art and Media
cooperation:     Nizayama Forest Art Museum
thanks to:     NEC Viewtechnology Ltd
Shigeru Yokota Inc. Tokyo Publishing House


From Darkness 2000 to Light
Starting with an Obsession for the Baroque

Katsuhiro Yamaguchi

1. A sketch from the first dream

It’ s just after two in the morning and I’m standing  at the window of this urban apartment, looking out at windows on other buildings. I just woke from a dream. In it I had received several large wooden crates of sketches from Michio Fukuoka and I had to carry these boxes somewhere. I could see some of the sketches through the slats of the crates: ink drawings on white paper, a piece of red wood. They seemed to have more physical form than ordinary sketches. Yet as I had received these crates I still needed to carry them somewhere. And then I woke.

When I thought about it I realized that I still had one of his pieces in my home in Ôi. The piece, with its strings hanging down from the branch, seemed to be sway­ing like a scene from under the sea. I remember making a seascape diorama in a little candy box when I was a child. When I wrapped the front of the box in blue cellophane,  it gave it just the right underwater feel. I had even made a little sub­ marine for it.

That little diorama was the basis for the pieces I started creating in my twenties called Vitrine. I realize that as I think about the structure of the Toyama exhibit. The night before I go out to take pictures in Toyama, I stand here watching  the panorama from the apartment window. I am in Toyama because tomorrow I want to visit the Uozu Buried Forest Museum, to see the remnants of the forest beneath the sea there and to capture them on film for the exhibit. I would want to light up the darkened panorama as if it were a diorama, just as I had lit up my candy box seascape. I would experiment with some ideas about conceiving of the exhibition space as a box. The exhibit-goers would enter the exhibit from the perspective of boxes in their own pasts.

I place some old photos of Vitrine  in a box. I align some images from  Video Passage. I recalled the small three-dimensional Vitrine from the home of Jasia Reichardt in London, just 3 x 3 x 7 centimeters, small enough for me to have com­pletely forgotten until that moment. The art museum at Nyuzen seemed so large, and yet as another box. If one fills this box with images, light and sound, then the people within might undergo a diorama experience of their own.

Fa-la-do, fa-so-do, fa-so-la

Assuming that I was able to realize the dream within a dream within a dream…
Assuming  that I could create a series of nested boxes, with one box within an­ other within another, that continued  ad infinitum  in both the larger and smaller  dimensions.
Assuming that humanity was reality…
I want to shine a flashlight into the diorama of that reality.
–even as a momentary fantasy–

2. Considering the Destiny of the Nizayama Forest Art Museum

The destiny of this art museum lies with the fact that the building was erected for another purpose long before the idea of calling it an art museum ever arose. We must focus on the fact that this building  was not made to house works of art. There are similar  examples: the Musée d’ Orsay in Paris is housed in what was once a rail station and the Tate Modem in London in an old power station. In both of these cases, however,  the original building  was stripped  bare before  being converted to new functionality. This is a matter of course if the new facility is to exist solely  in name and functionality as an art museum. With the Nizayama Forest Art Museum, however, very different  choices were made when it came time to renovate. Architecturally the large space has been preserved for use, but one will also find two large water conduits with great holes cut into them as well as some of turbines and gauges that were in use when the facility functioned  as a hydroelectric power station. As a result, items that once served a functional pur­ pose within the plant now occupy some space in an art museum.It seems fair to say that this venue therefore acts as a hydroelectric power plant museum as well, and not solely  as an art museum. As I mentioned  earlier,  even though this art museum has been reborn as an art museum, it still continues to bear out its des­tiny from its days as a hydroelectric power station. From the moment I received the request to open an exhibit here at this power station art museum, I have con­tinually thought about the ways in which I should handle this fact. My first deci­sion was to entomb the inner space of the art museum in darkness. In so doing I eliminate the historical destiny of the art museum from the visible world, making things disappear within a black box. Then, through  the use of sound, light and imagery, I thought I would convert physical existence into something that could not be perceived  visually as well. I had reached  this point in my plans when I happened one day to visit the art museum. My objective in doing so was to inves­tigate  the acoustics of the architecture, and I had brought along a small video camera to record some of the building’ s architectural  details. When I was there, however, I realized that the use of the hand-held camera affected my approach to the turbines and gauges  and I began  to start  banging  on them and elsewhere throughout the building with wrenches and hammers. I found myself to be totally absorbed by the percussive effects of the building as a whole, and without realiz­ing it several hours went by as I banged my way around. As all this was happen­ing, some of my movements were recorded by some of the museum interns, and I subsequently  decided to use some of this footage within my piece.

For the next phase I decided  to capture on film several  shots around  Nyuzen depicting water. A rich supply of water is generated in the mountains of Kurobe, and it makes its way to the sea. I took lots of photographs in the preserved forest of swamp cedar near the coast, the buried forest remaining on the seabed at Uozu. A great many photographs were of the movement of water.

These photographs helped me next to determine my themes: the changes wrought by water and the changes wrought by history. Both water and history are items that change through interaction with human beings, and the art museum itself has grown out of a combination  of nature and human industry. From Darkness 2000 to Light makes  the art museum  itself  into a grand  theme, and it incorporates imagery from the museums construction, from the environment of nearby Nyuzen, and from the items left behind from its time as a hydroelectric plant, allowing my to interweave image,  sound and light in a single  comprehensive performance space.

Lastly I worked a virtual panorama image into the massive trussed beams of the ceiling, using imagery that calls to mind a grand Baroque palace from the glory of the eighteenth century. My aim in using this was to invoke the future of the art museum as I explode the Baroque image.

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From Darkness 2000 to Light – Making

From Darkness 2000 to Light

「ギャラリー」2000 Vol.11 No.187

From Darkness 2000 to Light – video digest

From Darkness 2000 to Light – single frame video

2000-闇2000光-山口勝弘展チラシ