1956 Vitrines

装飾空間展 1956年12月3日〜8日

1957-「空間装飾美術展」パンフ1

1957-「空間装飾美術展」パンフ2

「山口勝弘さんの『ヴィトリーヌ』をガラスの抽象絵画などといっても当らないでせう。私は「眼のオルゴール」と形容しましたが、これはやはり動く空間をもったオブジェです。最初から建築との約束をもって生みだされたものなのです。こんど和光での第二回展に、幸い山室さんがそのことに着想され、勝己勝さんの肝入りで建築家の清家清さんと組んで、『装飾空間展』というたのしい計画が実現することになりました。現代のこうした芸術と建築とを結ぶ機会ほど暖かな希望を抱かせてくれるものは、私にはありません。もうディスプレイという言葉では現わせないものがあるはずと思います。」
滝口修造「装飾空間展」パンフレット 1956年12月

1957-「空間装飾美術展」会場1

1957-「空間装飾美術展」会場2

1957-「空間装飾美術展」会場3

1957-「空間装飾美術展」会場4

1957-「空間装飾美術展」会場5

1957-「空間装飾美術展」会場6

「山口勝弘と清家清の共同製作による『空間装飾美術展』は、やはり、オリジナルという見地からして興味深く見た。ヴィトリーヌ作品を建築家との協力で、近代建築的空間に、一層専門的、的確に結びつけようとする実験が、この展覧会の意図だったのだろうが、こういう方向にそのオリジナルな効果を展開することに私は賛成である。熱帯魚の水槽が壁に装置されたような楽しさと美しさを私は連想することができたが、この利用方法は、まだ結晶に向って第一歩をふみ出したところで、どしどしこの種の実験を進めてほしいと思う。」
植村鷹千代、美術手帖 1957年2月


Vitrine No.60 青い迷路

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1956-Vitrine_no_60-青い迷路-detail-09-009-01

1956-Vitrine_no_60-青い迷路-detail

1956-ミュージック・コンクレート電子音音楽オーディション-表紙-ヴィトリーヌ

実験工房「ミュージック・コンクレート電子音音楽オーディション」パンフレット表紙、1956年


Vitrine サルゴン王の像

1956-Vitrine-サルゴン王の像-8-10006


Vitrine 愛の仮説 Hypothetical Love
川村記念美術館蔵
写真:内田芳孝
66.0 x 96.2 x 9.8 cm

1956-vitrine-愛の仮説-Hypothetical_Love-09-008-02

1956-vitrine-愛の仮説-Hypothetical_Love-09-008-01


Vitrine 作品8 Work 8
川村記念美術館蔵
写真:内田芳孝
29.6 x 39.2 x 10.0 cm

1956-vitrine-作品8-09-019-01


降りてくる花 Descending Flowers

1956-降りてくる花-Descending_Flowers-10016


ヴィトリーヌ展、横浜アメリカ文化センター

12月18日〜23日

1956-横浜アメリカ文化センター-02-042-01

1956-横浜アメリカ文化センター-02-043-01


1952-1958 Vitrines

1952 Vitrines

1953 Vitrines

1954 Vitrines

1955 Vitrines

1957 Vitrines

1958 Vitrines

 

1955 Vitrines

Vitrine 1955年

1955-Vitrine-A_028


Vitrine No. 48 イカルス Icarus
川村記念美術館蔵
写真:内田芳孝
65.5 x 56.4 x 9.0 cm

1955-Vitrine-No_48-Icarus-09-018-01


Vitrine No.49 空間分析的方法による風景画
95.5 x 125.0 x 10.7

1955-Vitrine-No_49-空間分析的方法による風景画-09-031-01

1955-Vitrine-No_49-空間分析的方法による風景画

松本透「ヴィトリーヌ No. 49 空間分析的方法による風景画、「現代の眼」Vol. 517、1999年08月09日


Vitrine No.50 静かな昇天 Quiet Ascension
川村記念美術館蔵
写真:内田芳孝
96.7 x 66.0 x 9.3 cm

1955-Vitrine-No_50-静かな昇天-Quiet_Ascension-09-003-02

1955-Vitrine-No_50-静かな昇天-Quiet_Ascension-09-003-01

1955-Vitrine-No_50-静かな昇天-Quiet_Ascension-A_034


魚 Fish

1955-Vitrine-魚-Fish-A_030


鯨 Whale
川村記念美術館蔵
65.8 x 186.9 x 10.3 cm

1955-Vitrine-鯨-Whale-09-022-01

1955-Vitrine-鯨-Whale-A_035


古代 The Classic
川村記念美術館蔵
写真:内田芳孝
95.9 x 65.6 x 9.8 cm

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1955-Vitrine-古代-The_Classic-09-007-01

1955-Vitrine-古代-The_Classic-B_033


鳥 Bird

1955-Vitrine-鳥-Bird-1-12

1955-Vitrine-鳥-Bird-09-002-01


ヴィトリーヌ作品展 和光ギャラリー

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1955-ヴィトリーヌ作品展-和光ギャラリー-09-015-03

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1955年 ヴィトリーヌ掲載

植村鷹千代「意欲的な山口のガラス絵 村松画廊」 読売新聞 1955年11月30日

1955-植村鷹千代「意欲的なガラス絵」村松画廊-読売新聞


ヴィトリーヌ 青い惑星
ガラス、油絵具、合成樹脂絵具、紙
65.0 × 95.2 × 10.0 cm

1955《ヴィトリーヌ 青い惑星-ガラス、油絵具、合成樹脂絵具、紙-65.0×95.2×10.0cm-作家蔵-1

1952-1958 Vitrines

1952 Vitrines

1953 Vitrines

1954 Vitrines

1956 Vitrines

1957 Vitrines

1958 Vitrines

1952 Vitrines

1952-「山口勝弘個人展」松島ギャラリー

1952-「山口勝弘個人展」松島画廊02-024-01

1952-vitrine1

13-019-01

13-019-02


1952年 Vitrine No. 3
川村記念美術館蔵
写真:内田芳孝
ミクスト・メディア49.0 x 59.7 x 10.0 cm

1952-Vitrine_No_3-09-016-01


1952年 Vitrine No. 4
川村記念美術館蔵
写真:内田芳孝
ミクスト・メディア49.0 x 58.0 x 10.2 cm

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1952年 Vitrine No. 6

1952-Vitrine_No_6


1952-1958 Vitrines

1953 Vitrines

1954 Vitrines

1955 Vitrines

1956 Vitrines

1957 Vitrines

1958 Vitrines

1953 Vitrines

Vitrine No. 12 リズム・イン・スペース Rhythm in Space

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第5回アンデパンダン展(主催:読売新聞社)
ヴィトリーヌ No. 24 鳥

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1953-Vitrine-No_24-空間の音楽・ヴィトリーヌNo24-03-004-01


1953年「山口勝弘個展」タケミヤ画廊

1953-takemiya-koten-02-014-01

東京神田、駿河台下に戦前からあった竹見屋洋画材店が、1951年に再建された。店舗の大部分を改装して画材販売だけで なく、若手作家のために無料の貸画廊スペースとして開放しようという店主の箆正人と先代の番頭、浅尾丁策による構想のもと、タケミヤ画廊が誕生した。展覧 会の企画や作家の選定については鶴岡政男、阿部展也らの案により瀧口修造が依頼された。瀧口は「個展や実のあるグループ展」にこそ、従来の美術団体に属し て作品を発表する方法にかわる新しい可能性があるという考えがあったことから、以後、同画廊では1951年6月阿部展也展にはじまり1957年の春に閉鎖 されるまで、208回にわたる作家、グループ展の数々が開催された。会期は1週間から2週間程度で、瀧口による企画展もあれば、若手新人作家、画学生によ る申込みに瀧口が面談した場合もあり、実験工房展第3回をはじめ、北代省三、山口勝弘、福島秀子らの個展も行われた。瀧口が「新しい芸術のための温床、道 場でもあり娯しいクラブでもある生気にみちた場所にしたいと念願している」(「阿部展也デッサン・油絵個人展」パンフレット)というように、タケミヤ画廊 に芽生えた実験的な性格は、アンデパンダン展やその他の画廊展と共に、1950年代に生まれた新しい美術展としての意味を担った。
(朝木由香「タケミヤ画廊」「実験工房展 – 戦後芸術を切り拓く」 神奈川県立美術館、2013年、79頁)

Vitrine No. 36 空虚な眼 Vacant Eye

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Vitrine No. 36 空虚な眼 Vacant Eye (detail)

1953-Vitrine-No_36-空虚な眼-Vacant_Eye-detail-09-005-02

1953-山口勝弘-ヴィトリーヌ展-タケミヤ画廊-工芸ニュース-1953年8月号

山口勝弘 ヴィトリーヌ展 工芸ニュース 1953年8月号


アフリカの華 Flowers of Africa
56.0 × 94.5 x 10.0 cm

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1953-Vitrine-アフリカの花-Flowers_of_Africa-09-004-01-1


ヴィトリーヌの構造・特許書類

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1953-vitrines-patent-構造2

1953-vitrines-patent-構造図

1953-vitrines-patent-図1

1953-vitrines-patent-図2

1953-vitrines-patent-説明書1

1953-vitrines-patent-説明書2

1953-vitrines-patent-登録願

1953-vitrines-patent-登録広告願の決定

1953-vitrines-patent

 


1952-1958 Vitrines

1952 Vitrines

1954 Vitrines

1955 Vitrines

1956 Vitrines

1957 Vitrines

1958 Vitrines

1958 Vitrines

光とガラスの作品展

ビトリーヌ 山口勝弘
会場構成 丹下健三

会期 12月8日~12日 和光四階ギャラリー

山口勝弘君が和光でヴィトリーヌの新作発表をはじめてから三回目です この人がガラスの魔術にうちこんでから何年になるでしょう いったい山口君は工芸家でしょうか 画家でしょうか と問うひまもなく
かれはこのふしぎな箱を飽きもせず作っては世の中に 送りだしています かれは魔法の小びとをがラスの中に封じこんだり 時には自分も中に入ってみたりするのではないでしょうか かれはいまの建築の無愛想な壁にこのオブジェをはめこもうと努力していますが これは二重の実験であるにちがいありません

滝ロ修造

1958-光とガラスの作品展ーパンフ1

1958-光とガラスの作品展パンフ2

推薦のことば

山口さんのヴィトリーヌは抽象絵画に動的要索を加えて、ひとつのオブジェに結晶しています。むづかしい理くつは抜きにして、眼のオルゴールのつもりで鑑賞してください。

滝ロ修造

1958-光とガラスの作品展-DM1

1958-光とガラスの作品展-DM2

1958年、《風》 (120 × 360 cm) は、以前より規模の大きな作品で、展覧会場の壁全体に展示される。《風景》 (180 × 120 cm) などが支柱に支えており、会場の空間を区分する。当時山口勝弘はオブジェよりも、スペースを制作する意識を持ち、1958年12月の和光画廊に於ける個展の、インテリアー・デザインや展示会の構成を丹下健三に依頼した。その時から、箱が解体し、内面にある要素も構成主義的な部分も流出している。

それらの作品は、造形物よりも、「新しい感覚を与える機械」として考えられた。その意味で、ジャン・アルプやベン・ニコルソンのレリーフとは違い、モホイ・ナジの構成主義的な空間的作品、《スペース・モデュレータ》の系列として構想された(山口勝弘「ヴィトリーヌについて」、『アトリエ Nº336、1955年2月(「資料アンソロジー」、『山口勝弘 360º』、東京、六耀社、1981年、p.144)。

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風 Wind

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風景 Landscape

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麒麟 Giraffe

1958-麒麟-Giraffe-A_039


1958年、《ヴィトリーヌ》のシリーズの制作は〈実験工房〉の活動の終わりと共に中止されるが、1960年代〜1990年代にモールグラスを使用したオブジェやビデオインスタレーション(1963年の「光の樹 Flare Tree」、1969年の「イメージ・モデュレーター Image Modulator」、1992年の筑波美術館回顧展の際に展示された新型のヴィトリーヌ)何点かを制作することになる。


1952-1958 Vitrines

1952 Vitrines

1953 Vitrines

1954 Vitrines

1955 Vitrines

1956 Vitrines

1957 Vitrines

1994 Reflection

2013 “Katsuhiro Yamaguchi – Imaginarium” by Jasia Reichardt

2013-imaginarium-annely_juda

Katsuhiro Yamaguchi – Imaginarium

Jasia Reichardt

Yamaguchi’s ‘Imaginarium’ was a project he developed gradually from the 1950s. It is an updated version of Malraux’s “Le musée Imaginaire” (1947) , a museum of an infinite number of reproductions. What Yamaguchi wanted to achieve with his ‘Imaginarium’ was to enable the visitor not only to see all the works in the world, but also to interact with them. He wanted art to be seen very much like everything else in our natural environment, something that can be touched, moved, addressed, and changed.
Like Malraux, Yamaguchi was in advance of his time.

The 21 works in this exhibition represent the early period of Katsuhiro Yamaguchi’s creative life. They belong to the 1950s and 1960s, an important moment for experiment in the history of Japanese art. For Yamaguchi this was the beginning of his progress from illusionistic Vitrines, light sculptures, constructions with stretched sacking, structures with fluorescent plastics and photographs, to video, to installations and finally to multimedia works. Since the 1950s, using whatever technology was available, his work has concentrated on two specific ideas: the spectator’s intentional or unintentional interaction with the works, and fluid exchange between the past and the present.
By the 1970s, Yamaguchi was already known in Japan as the father of video and media art, gradually becoming one of the most admired and influential artists in the country.

The 1950s was a significant period of experimental art in Japan that left the conventional concerns of painting and sculpture behind. The new art set out to embrace movement, music, dance, unconventional materials, lighting effects, photographic collages and synchronized audio-visual presentations with multiple screens. Leading this departure from convention was a group of young artists and composers, who belonged to Experimental Workshop (Jikken Kobo) so named by the poet and critic, Shuzo Takiguchi. Yamaguchi was one of its 14 members. Among them were: Kuniharu Akiyama, Shozo Kitadai, Toru Takemitsu, Hideko Fukushima, Hiroyoshi Suzuki and Joji Yuasa. Like the other members of Experimental Workshop, Yamaguchi had no conventional art education. He had trained as a lawyer and when he joined •he group in 1951, he was 23. The group had neither an office nor a studio – during the seven years of its existence, the Experimental Workshop was portable, and its members worked where they could, individually or in small teams. They were responsible for some memorable exhibitions, animated environments and experimental stage designs for ballets.

Yamaguchi’s works of that period, 1950s and 1960s, anticipate his later development because they already deal with ideas he continued to develop throughout his career. What are they?

First of all, he emphasizes that any single three-dimensional work, con be seen in several different ways. ‘When I took pictures of my work,’ — wrote Yamaguchi — ‘I would light it with Kiyoshi Otsuji and others, and then shoot a certain port of the work. Things look completely different depending on the way you light them.’ His Trial Objects (cat. nos. 9-11), for instance, yellow forms in fluorescent acrylic, when suspended from above under a rotating light, perhaps even an ultraviolet light, will change their appearance for each of the visit was looking at them.
The same is true of the Magnetic Reliefs (cat. no. 12) that look different every time someone changes the positions of the colored pieces on the vertical black surface. When we look at the work we see what was done lost time, we don’t see, we don’t know, the history of the movements of the magnetic pieces that had token place before. The post hos gone, what we see is just the present.
What had been seen once becomes virtual, a memory. And that is central to Yamaguchi’s thinking. That is what he wants to capture – the history of the piece, the history of what it looked like at different times.

Time, movement and transformations are the themes Yamaguchi tackles in the Vitrines (cat. nos. 4, 14, 15), which he started making during the years of the Experimental Workshop. These are paintings covered with layers of patterned and/or opaque glass, which impose a texture on the painted surface. The texture, in turn, becomes affected by whatever is reflected in the gloss such as the fragmented faces of the viewers. As one walks in front of one of the Vitrines so one experiences on illusion of the painting in motion. Their appearance changes. No photograph token of the work from a given angle, however carefully positioned, will be quite the same as others. Artists like Soto and Agam, have used a similar principle of walking in front of the work to see it change, often quite radically, as one continues to move. With the Vitrines, however especially the large ones, the changes tend to be subtle, small, but sometimes quite unexpected however many times one undertakes the journey in front of the picture.

The Vitrines ore the beginning of Yamaguchi’s journey following the moment he first marveled at making something that defies our grasp. How to combine the past and the present? How can a work of art absorb all that is going on around it? It doesn’t matter if the visitors to the gallery do not stop to contemplate the objects on display — their presence costs a shadow, and the work is affected by their presence. These thoughts led Yamaguchi towards several significant works, which placed him right in the centre of the art and technology movement in Japan.

One particular work intended to combine the past and the present is called Reflection 1958, 1994. It was exhibited at Satani Gallery in 1994. On one side of the gallery hung Vitrine – Landscape, 1958. Opposite this was installed Video Passage, 1994, a construction of transparent acrylic columns with eight video monitors. A hand-held camera, in the shape of a small sphere could be held by a visitor and pointed at any detail on the Vitrine. That detail then became transferred to the Video Passage and combined with other reflections. In that exhibition the viewers’ attention was directed towards reflections in the Video Passage, some of which they could control. The physical reality of the work faded as the viewers themselves joined the images gathered inside the work. Yamaguchi’s inspiration for the works that combine the old and the new, the past and the present was the story by Adolfo Bioy Casares, The Invention of Morel. In it, Morel creates a machine that replays ad infinitum scenes from the life of a group of characters. Whoever is watching cannot participate because the sequences replicated by the machine are locked into the moments when they were recorded. And so, in the book, the world consists of those virtual lifelike images going about their business, and the viewer, a young man who tries, but cannot, join them.

The Vitrines are not the only works through which the ethos of Experiment al Workshop has continued in Yamaguchi’s work. Jikken Kobo was a collective enterprise in which composers, photographers, and lighting designers collaborated, improvising with whatever means were available. Yamaguchi has continued to work with groups of artists, musicians, architects, dancers, students, and has continued to invent means to realize their common ideas. He organized performances, teams working with video, displays, exhibitions, and operas. The ethos of Experimental Workshop was never far away, but in the 1990s the ideas underlying experimental art in Japan found their new home on Awaji Island in the Art Village organized by Yamaguchi. This too was intended to tread unorthodox paths of combining and redefining ideas outside the current mainstream.

Today, Yamaguchi is not able to undertake and organize big projects, but he continues to work. He now paints vibrant animated gouaches that continue to reflect his view of the changing world unfolding before him.one of his most moving recent exhibitions was his Sanriku Requiem at Tamagawa University in Tokyo. This was a requiem in memory of the devastation inflicted by the tsunami on Sanriku,the beautiful northeastern Tohoku region, in 2011.

Yamaguchi’s work continues to emphasize Shuzo Takiguchi’s dictum for the Experimental Workshop, that in experiment nothing can be, or should even attempt to be, fixed and made permanent.

August 2013

Exhibition Catalog
Annely Juda Fine Art, London
11 September – 26 October 2013

Yamaguchi Katsuhiro Imaginarium Exhibition Catalog

1999 Togen Topia

電脳影絵遊戯一夢遊桃源図一
山口勝弘
1999年9 月17 日[金] -10月16 日[土]

Computerized Shadow Play [Togen Topia]
KATSUHIRO YAMAGUCHI
September 17(Fri.) – October 16 (Sat.), 1999

夢遊桃源図

「夢遊する宇宙風景」

昨年12 月、韓国を訪れた折、友人の李元坤氏が所持していた「安堅夢遊桃源図」の本を手にとった私は、数瞬のうちにこの絵の只ならぬ逸気と緩急のリズムに捕われてしまった。その絵を描いた安堅が、15世紀韓国の有名な画家であること。またこの絵は日本の天理図書館の所蔵であることが分かった。
とにかく私を強くひきつけた理由は、桃源郷というこの絵のテーマよりも、人気なき遠近も定かならぬトポスの雰囲気と、生動する岩山たちの展開する宇宙感であった。
この画家の眼が見た光景は、瞬間に網膜の奥底に焼きっき、2度と開かずそのまま閉じられてしまった。そのイメージがここにある。
やがて私は、なんとかしてこの光景の中に侵入してみたいと思った。コンピュータによる解析を行なうと同時に、2次元上の画面に割り込んで2次元半ぐらいの空間の瞭聞から、この世界の内部を経験してみたいと思った。もちろん空間を経験するということは、時間を伴う。
私はこの絵画から得た天来の着想を、もう一度遠慮がちにメタモルフォーズさせて経験したかったのである。と同時に、この宇宙風景を別の視覚的ヴェクトルにより再構成したいという欲望にかられた。こうして幾つかのイメージが、現実世界に現われたのが今回の個展である。
この桃源図に附せられた夢遊という言葉は、この絵の前で漂うわれわれの心にこそふさわしい。コンピュータの中には魔が巣くっていると言う。私はその魔を仲間にして戯れてみたのである。

山口勝弘、1999年9月

32018

“The universal image in dreaming Journey”

In December last year I visited my friend Won-Kon Yi, in South Korea. He showed me a drawing in the book by Ankyon called “Dreaming Journey of Togen Topia”. I immediately felt overwhelmed by the exalted power of the drawing, and by its simple rhythm, which was both technically assured and at ease. I only learned later that Ankyon is a celebrated Korean painter of the 15th century, and that the drawing is from the collection of the Tenri Library in Japan.
The reason I felt so inspired by the drawing was not simply to do with the subject, Togen Topia. The atmosphere related to Topos. It was less a matter of space and distances, than of a universe that was brought to life by the powerful, rocky mountains.
When the artist saw the scene, an image was immediately burned upon his retina, which never faded. The drawing is a picture of this image.
Sometime later, I began to feel a desire to be inside the scene. I analyzed the drawing on my computer as a way of entering the two-dimensional picture, so that I might experience its internal world in 2 1/2 dimensions – in that extra space between 2- and 3- dimensions. Of course it takes time to fully experience so alien a space.
I wanted to recreate that first inspired experience I had felt in front of the drawing, by a process of subtle metamorphosis. Also, I wanted to reconstitute its image of a universe from a different perspective vector. These are a few of the ideas and images behind my work in the exhibition.
The words “Dreaming Journey” and “Togen Topia” are a suitable expression of the feelings that the drawing evokes in us. They say that there is a devil in the computer. I enjoyed playing the devil’s accomplice.

Katsuhiro Yamaguchi, September 1999

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デジタル技術で見直すアナログクラシック「夢遊桃源図」
山口勝弘

李朝初期を代表する山水画の1つとして画家安堅によって描かれた「夢遊桃源図」は、李王朝四代の世宗大王の第3王子安平大君の夢遊の話を聴いた画家が僅か3日間で描いたといわれている。当時すでに宮廷画家として広く名を知られていた安堅は、数多くの画を描いたが、現在間違いなく安堅作を証明できるのはこの「夢遊桃源図」だけである,何故ならこの作品と共に安平大君の夢遊の話の筋書きが長文の自践となって遺っているからである。また当時文化人としてパトロン的存在だった。
安平大君の書画コレクションのリストを見ても分る通り、唐の王維、宋の郭照、蘇東坡などが含まれているが、李朝の中では安堅の28点のみである。

私がこの作品をコンピュータによって解析すると共に、ここに描かれた桃源郷への道程と岩山の群がりを見て興味をもったのは、第1の点として様々な距障をもって配置された風景からくる遠近感の重なりであった。それはルネッサンス以来の遠近法でもなく、東洋的な遠近画法の重層が自由自在に用いられている点であった。

第2の点は、この画面全体から受ける複雑系への指向、つまり混沌とした宇宙とその中に点在する対象物の構造性に関心を持った。したがって桃源郷そのものの描写よりも、ゆらぎをもった宇宙感に興味をもったのである。

この2つの特徴が示している独自の空間的イメージへ、コンピュータによる動きの時間的イメージを加えることにした。つまり絵画として2次元上に表現されているイメージの各要素が分解され、コンピュータ内にデータ化されたそれらを空間/時間系に再構成しようとしたのである。また、電脳遊戯彫刻と命名したのは、これらの映像化されたスクリーンの前に一部分サンドプラス卜されたガラス板を置いて、複合した実体/非実体のイメージを提示している.つまり映像と実像の両棲類とでも言うべき作品となっている。

この両棲類的性質については50年前に作られていた私の作品ヴィトリーヌについて瀧口修造が鋭く指摘していたものである。

この作品をイメージ化するために天理大学附属図書館にて
「夢遊銚源図」 のレプリカ(京都便利堂製)を閲覧させていただいたことに感謝する。

Special thanks to Hazuki Shibato and Nicholas Wadley for the English translation of the text

主な参考図書
(1) 『安堅・夢遊桃源図』、安輝・李炳漠 著、藝耕産業社
(2) 『韓国絵画史』、安輝 著、藤本幸夫・吉田宏志 訳、吉川弘文館
(3) 『安堅「夢遊桃源図」 について(ー)』「ビブリア」65号、鈴木治、天理大学
(4) 『安堅「夢遊桃源図」 について(二)』「ビブリア」67号、鈴木治、天理大学
(5) 『奇景の図像学』、中野美代子 著、角川春樹事務所

32009

1-「電脳影絵彫刻 I」
ビデオプロジェクター1台、ピデオテープレコーダー1台、ガラス、木
“Computerized Shadow Sculpture I”
One video projector, one video tape recorder, glass, wood,
2500 (h) x 2620 (w) x 900 (d) mm

2-「電脳影絵彫刻 II」
ビデオプロジェクター1台、ビデオテープレコーダー1台
“Computerized Shadow Sculpture II”
One video projector, one video tape recorder
3000 (h) x 2250 (w) mm

3-「影絵遊戯箱 I, II, III, IV, V」
ガラス、合成樹脂、紙、木、蛍光灯

“Shadow Play Box I, II, III, IV, V”
Glass, acrylic plastic, paper, wood, fluorescent light
490 (h) x 524 (w) x 95 (d) mm

製作 :
山口勝弘、CEAM:笠置勇星、岡本知久、櫻井宏哉、大塚馨

Production:
Katsuhiro Yamaguchi, CEAM: Yusei Kasagi, Tomohisa Okamoto, Hiroya Sakurai, Kaoru Otsuka

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ASAHI EVENING NEWS WEEKEND, Sept.30, 1999: “Visions of ‘new values’”

2013 回遊する思考:山口勝弘展

http://imaginarythinking.tumblr.com/

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回遊する思考:山口勝弘展
2013年 10 月15 日(火)~ 19日(土)
神戸芸術工科大学 ギャラリーセレンディップ

日本のメディアアートの偉大な先駆者・山口勝弘の作品展を、このたび神戸で開催致します。

山口は戦後まもなくアーティストとしての活動を始め、1950年代の「実験工房」での活動を経て現在に至るまで、テクノロジーを巧みに取り入れた多くの造形作品を制作してきました。

2001年に病に倒れて不自由な身体となり、以前と同様に作品制作を行っていくことが難しい状況となりましたが、その後も旺盛な制作意欲を持ち続け、表現スタイルを柔軟に変化させながら、新たな作品をつくり続けています。

本展はそうした山口の近年の作品群にスポットをあて、メディアアートのパイオニアの最晩年における現在進行形の活動を紹介するものです。

本展は、JSPS科研費(23520195)及び 相模女子大学特定研究助成費 の助成を受けています。

「回遊する思考:山口勝弘展」実行委員会

2011 Sanriku Requiem

山口勝弘個展『三陸レクイエム』
2011年11月11日(金)–11月17日(木)
玉川大学3号館1階102
http://www.tamagawa.ac.jp/arts/

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山口勝弘の個展『三陸レクイエム』が玉川大学芸術学部ビジュアル・アーツ科の主催により同大学にて開催される。
本展では、山口の最新作を含む2点の映像作品の上映と、33点の最新の絵画作品などが発表される。また、本プログラムは大学内オルタナティヴ・スペースの運営による、芸術教育の実践とその効果の測定を目的として行われており、過去には泉太郎などの展覧会も開催されている。

2011 – Sanriku Requiem exhibition view

 

1981 Future Garden

「山口勝弘展 一 未来庭園による 一 」
場所:東京画廊, 東京銀座
日時:1981年3月13日- 3月24日

EXHIBITION〈KATSUHIRO YAMAGUCHI, Info-Environmental Sculpture: Future Garden〉
place: Tokyo Gallery, Ginza, Tokyo
date: 14th- 24th March, 1981

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情報 一 環境彫刻 一 未来庭園のために 一

この作品は、東京画廊の展覧会のために構想されたもので、3つの要素から成り立っている。その1つは、ホログラフィーによるモニュメント、2番目は、ホログラフィーに撮影した内臓的イメージをテーマとしたビデオ作品、3番目は、神奈川県民ホールに展示した「情報 一 環境彫刻」と同系列の鯨的イメージの彫刻である。「サテライト・アーチ・マスク」の場合は、ステンレスの細棒によるオープンな構造をもっていたのに対し、こちらの方は、閉回路テレビ・システムが、彫刻的な形態の中に閉じこめられている。つまり胎内的なメディアが、この彫刻の内部空間の存在を示している。こうして、ホログラフィー上の内臓的形態は。ビデオ作品の解縛を通して、さらに、この情報一環境彫刻によって内宇宙的イメージに結びつくのである。
なお、この東京画廊の展示は、いわば庭園的な構成になっていて、日本庭園のなかにちりばめられる石や、砂や、樹木や、池などによって、庭園を訪ずれる人たちが、さまざまなイメージを受けとるのと同じく、ホログラフィー上のイメージや、アルミニュームの構成物や、テレビや、白い彫刻や、黒いコークスの塊りによって、未来的風景のイメージをっくりあげることができる。

山口勝弘「山口勝弘展 一 未来庭園による 一」、ジャパン・インテリア no.266、1981年5月号、29頁)

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1981年 – 情報環境彫刻 未来庭園 (東京画廊、東京)

“Arch-Satellite-Mask” が地球外の宇宙空間を利用した.テレコミュニケーションの提案だとすれば、これは”Inner Cosmos” にお付る相互コミュニケーションの提案だった。鯨のような生物の体内空間を通して視覚的イメージが伝達されるととの実験である。

鯨の眼(ビデオカメラ)が見た人聞の顔の映像は鯨の体内のモニターに再生されそのモニターをもう一つのヒデオカメラが撮影しそのイメージを胎外ヘ排出し人聞が眺めるというシステムのサンプルである。またこのビデオスカルプチャーを中心にホログラム化された胎内生命がビデオ化されて全体かインスタレーションとして構成されている。

If ARCH-SATELLITE-MASK was concerned with outer space telecommunications, then this was an attempt to achieve mutual communication within an “inner cosmos.” It involves the transmission of visual images through the body of a whale-like creature.

The faces of people are captured via a video camera in the whale’s “eye” and shown on a TV monitor inside the creature’s body. That monitor, in turn, is captured by another video camera whose images can be seen by people leaving the whale’s body. The final element of this video sculpture is a videotaped hologram of life in the womb.

(from “The Document Video of Video Installation and Video Sculpture by Katsuhiro Yamaguchi”)

1981 From Vitrine to Video – Kanagawa Prefectural Hall / Future Garden – Tokyo Gallery

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